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内田百閒(1889~1971)は旧字旧仮名で文章を書いた。旧字旧仮名を頑固に貫いたと言ってもいいだろう。百閒の著作権管理者になった小説家中村武志(1909~1992)は、文庫にかぎり、新字新仮名を採用することにきめた。苦渋の決断だったはずだ。 内田百閒『先生根性』(福武文庫、1990)というアンソロジーがあって、ジャケットに刷られた内容説明には「百閒文学を初めて現代かなづかいにしたアンソロジー」とある。本をめくると、最初に《内田百閒の作品を新漢字、新仮名づかいにするについて》という編者中村武志の文章が載っている。 ふつうなら本の終わりに「便宜を図り新字新仮名に改めました」とでも書いておけば済むところである。実際にそのような本が多い。それがここでは、39字詰×16行を費やしている。しかも巻頭に置いた。これが表記をあらためる際の書き手への最低の礼儀だと編者中村武志は思ったのだろう。その誠実な姿勢を心の底から支持し、尊敬する。「霊界で師にお目にかかることを得れば、まず新漢字、新仮名づかいに勝手になおしたことをお詫びし、ひたすらにお許しを乞うつもり」とまで言っているのである。 良い文章にはえてして美しさとユーモアが自然に同居している。これもまた例外ではない。そんなわけで、その《内田百閒の作品を新漢字、新仮名づかいにするについて》を全文引き写してみる。習字でお手本を真似るように。 * * * 内田百閒の作品を新漢字、新仮名づかいにするについて わが師内田百閒は、昭和四十六年四月二十日、八十二歳で死去されるまで、ご存じのように、旧漢字、旧仮名づかいを厳として固守されて来た。中年以上の読者の方ばかりでなく、中、高校生までも、絶品ともいうべき百閒文学に魅力に牽かれて、今まで旧仮名づかいの作を愛読して来た。 一九八九年は、百閒の生誕百年であった。これを機にして、著作権者の遺族に乞うて、文庫にかぎり、新漢字、新仮名づかいにしていただいた。ただし特殊なまたは一部の漢字だけは、百閒文章の特異性、内容、雰囲気、その機微を損ねまいとして残し、ルビをつけた。 遺族の方ばかりでなく、不肖の弟子の私とても、生前の師を思えば、旧漢字、旧仮名づかいを守り抜きたい気持である。しかし、戦後の漢字、仮名づかいの変遷は急速であって、それに馴れた青少年の人たちにも、できるだけ多く百閒独特の名作に接していただきたいのである。 私は、百閒の名文はもちろん、錬金術、酒豪さえ引き継ぐことができなかった。それゆえ師を越えることができるのは、八十三歳まで生きることしかない。 幸いにして、霊界で師にお目にかかることを得れば、まず新漢字、新仮名づかいに勝手になおしたことをお詫びし、ひたすらにお許しを乞うつもりである。 編者 中村武志 * * * 引用は以上。ちなみに中村武志は、この本が出た2年後の1992年12月に亡くなった。「八十三歳まで生き」たことになる。
by macondo
| 2017-07-02 20:04
| 本
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